そんなふうに手軽に便利しかも夢中になれるような甘い恋が転がっていればきっと世界は満ち足りているとおもう。

 今日の文化人類学の授業で読んだ書籍に書いてあったこと。「社会において独身男性はその社会の均衡・安定を乱すもっとも判りやすい要素でありうる」だってよ畜生。いつの時代でも、童貞は嘲笑されるべき不可触なやつらになって他の人間どもの溜飲ダウンを助けている役割を果たしてきていたのかと思いきや、その筆者のひとはあっさりと童貞ルサンチマンもしくは独身ルサンチマンが社会的不安に結びつくと(そういう考えに対する論究も行わずに!)言ってのけたわけですよ。

 まぁ、その社会を守るために、その書籍で論じられているところの「インディアン」社会が行う防衛機制的はたらきは、多夫一妻制度(そのコミュニティでは男女比が2:1で、必ず男性があぶれるようになっていたから、それを直接的に防ぐため)に現れていました。

 三角関係奨励規則……あげくその夫「たち」(第一夫と第二夫が存在することが当たり前だそうです)は、表面上は規則を守り(破るとインディアン社会における「男性」の象徴である「狩り」が出来なくなってしまうとされているため。社会性を守るタブーってやつだ)、良好な人間関係を築いたりするわけです。おいおいそりゃねぇだろ! 自分の嫁とバッコンバッコンやってる奴がどうして親密な隣人でありうるよ! 独占欲が全くないような社会秩序が形成されているんだ、そんな雑感は一夫一婦制に住むお前の文化人類学的知識の足りなさだ、そう言ってのける奴がいたとしても、俺は反論します。だって、夫が多い状態では、自分の遺伝子を残しているかどうか、ということがわからないから、社会=後天的な性質としてではなく、遺伝子=先天的な性質として、男は自分がツバつけた(言い方わるいなオイ)女はなるべく独り占めしたくなるもんじゃないか、と思うんです。人間なんて本能壊れた動物だと岸田秀も言ってますが、そういうところではまだまだ動物だと思います。
 実際、二人目の夫が事故で死んだ後、第一夫が「俺は満足だ。これで俺の妻は俺ひとりのものだ」的発言をしていた、という記録がその書籍の中で挙げられてました。これ一つを論拠にするのは微妙な気もしますが、誰もが同じようなことを感じていたことは想像に難くない発言ではないか、とも思えます。


 「女を独り占めしたい」という欲望を個人的には感じながら、社会的関係性維持のために構成されたタブーが、男たちの自我を個人と共同体において引き裂いていく。いやはやなんとも、このルールを倫理と呼ぶべきなのかただの慣習と呼ぶべきなのかは、使用する言語が素から違う日本人たる俺には見当もつかず検討のとっかかりさえ見つかりませんが、とかくこの世は住みにくい、漱石みたいに、ってことですね。



 とはいえこの論文におけるインディアン社会の実態というのは40人ほどの小集落で、かつ共有=シェアの概念が浸透していて、独占・権力の集中があまり見られないようなところなのです。獲物は必ず全員でシェアします。むしろ、狩人は自分でとった獲物を自分で食ってはいけないというタブーがあります。うわぁ、完璧だ。優れたハンターであればあるほど、自分の腕前を失えないから、タブーには逆らえず、勢力の不均衡が現れなくなるシステムだ……

 ま、とにかく、差が小さい社会ですので。逆説的かもしれませんが結婚して「いない」者を出すわけにはいかないのです。なんといったって格差が明確な形で見えてしまってはいけないから。

 ここにおいて女性はマジ強いんです。だって、結婚しないよ、って言ってやれば簡単に男性を追い込んでしまえるのですから。この社会において結婚している、ということは一人前の男として=狩りをして生計を立てる作業に参加している、というそれぞれの「男が男として社会内で見なされる」ための条件の一つでもあるのです。

 たとえば、妻が愛人を作って夫が怒り狂っても、妻が「夫と別れてやるわ」、と一言言えば夫は折れて、妻の愛人を第二夫と認めるほかないのです。夫であるというステータスを失えないから。ああなんてこった。まるで不倫の修羅場の逆パターンだ。



 そういうふうに考えると、多少束縛しあってもいいから、お互いを独占しあっていられる一夫一婦制ってのもよくできてるんだな、と思えます。
 人間においてタブーによって押さえつけられるものはたいてい欲望であり、その欲望に限りはないです。何を手に入れても他に目移りしてしまうのが当たり前なのかもしれません。制度的に異なる方式を取り入れていて、誰かの欲望が満たされるようでいても、確実に他の誰かは満たされません。そういうことだけが、普遍的なものごとであるように見えてきて頭痛がしてしまったり。





 ふと思うのは愛のこと。多分、欲望は限りなく目移りすることで、愛は限りなく一つに注ぐものなのだろう、と思った。

 ならば欲望を一人だけに注ぎ続ければそれは愛? 執着? 依存?



 行き過ぎれば憎しみ? 狂気?



 どうしたものか。