夜の校舎にやってきた。雲が上弦の月をすこしだけ隠している。ほのかに照らされた校舎は、日ごろ見慣れたシルエットのくせに、やけに重厚に見えた。
「……なんだろ。こんなに大きな建物が、空っぽになってるのって、すごい感じがする」
 亜衣は誰もいないのに声をひそめてぼくに話しかけてくる。
「すごいかどうかはわからねぇけど、なんか、いいよな」
 裕介は興奮している。
 ぼくはどうしていいかわからない。卒業を前にして、ぼくら四人組で何かしよう、と集まったはいいけれど、サトがいないだけでこんなにもぼくらがぎくしゃくするとは思わなかった。サトは来ない。連絡したけれど、返事もくれないと思う。その理由を知っているのはぼくだけだから、罪悪感とまではいかない微妙な後ろめたさがひたすらつきまとう。
「じゃあ、何しようか?」
「わたし、フォークダンスやってみたかった。結局、文化祭やるたびに全部潰されて、終わりの行事はできなかったじゃない」
「俺は……ガラス割って回りたいかな」
「それはやめてよ。危ないでしょ」
 いや、ちがった。ぎくしゃくしているのはぼくらではなく、ぼく一人だった。いつのまにか、友達が友達のままではいられない頃が来てしまっていたのだろうか。二人は甘やかに笑っている。薄い雲はいつしか月を完全に覆ってしまって、ぼくらの持つ懐中電灯の明かりだけが頼りになる光源になった。それはまるで、誰かに行き先を照らしてもらえる時代の終わりのようで、ぼくは右手に握った電灯をきつく握り締めてしまった。
「ぼくは……やっぱ、サトを呼んでくるよ。メールの返信もないなんてちょっと変だしさ」
「わかったよ。いってらっしゃい」
「サトんちって結構遠くなかったか? まぁ、お前なら大丈夫だろうけどよ」
 そして、ぼくは二人を置き去りにした。二人は、ぼくを追い払ったのかもしれない。自転車に乗って走り出した。いずれにせよ、あの四人組が幸せな時間を刻めた日々はもうもどらないのだと思う。ぼくらはそれぞれに別れて何かを探すだろう。そして、二度と同じ形で寄り添うことはできないのだろう。長い間別々にほうっておいたパズルのピースが、接合部分が折れ曲がってしまって合わなくなるのと同じだ。だから今どうしようもないほどにサトに会いたい。一緒にいられる時間が思い出の中にしか存在しなくなってしまう前に、サトと会いたい。ぼくはそれだけを考えて、足に力をこめていく。行き過ぎる街路樹と黄色一色になって点滅している信号機が、夜の道に映えていた。