金沢にはねっとりと湿った曇天がよく似合う。
 春も終わりに近づく頃、道を覆うように枝を張り巡らせた桜の木々が雨に散らされて、路肩に花びらの成れの果てを汚泥にして溜めている。その上を繰り返し進んでいく車の轍が、まるで敷き詰めた赤色の絨緞を汚したように見える。

 私は兼六園前の交差点の真ん中で自分がどこにいるかわからなくなった。
 前を見つめれば、そちらは片町だ。時代遅れの繁華街、流行文化の吹き溜まり。粋がる地方都市の醜い虚栄。後ろを見れば、そちらは兼六園だ。過去の遺物、徳川時代の爪弾き者の悲哀。
 私は交差点を夢に見てしまうのだった。時代と時代のクロスオーバーが私の目を引き裂いてしまったあの瞬間を夢に見てしまうのだった。


 俊一は石積みの歩行者道路を傘をさして歩いていく。
 市庁舎の隣、通り沿いの古書店でアルバイトする顔なじみに会いにいくためだ。
 ガラス戸を開けてカウンターの奥に声を掛けると、目当ての人物はゆったりとした動作でこちらに顔を向けた。智子は変わっていなかった。
「久しぶりやなー、俊一! 成人式以来か?」
「そうや。四ヶ月くれぇか?」
「同窓会あんま来んかったやろ? なおさらずっと顔見んかった気ぃするわ」
「関東組よりは来とるよ、絶対。てかうちら同窓会開きすぎなんやて」
 智子は口元をそっと隠しながら微笑んだ。俊一は尋ねる。
「学校はどうなん? 結局やめたん?」
「ん、やっぱ家におることにしたわ。しゃーないわ、お母さん最近しんどいみたいし」
「そっか。大丈夫?」
「何が?」
「……まあいろいろ」
「いーえぇ。お気遣いなく」

てきと