不幸なことに不幸がなかった
 波風経たない平穏な日々
 ぼくにはトラウマが必要か?

 幸せなかぞく 幸せながっこう
 満ち足りているからなにもいらない
 そのせいで気が狂いそうになる

 挫折知らずのトラウマ知らず
 知らないうちにプライドまみれ
 けれどもぼくがすきなことは 全部がぜんぶ トラウマまみれ

 いつでもだれにも負けないつもりで

 いつでもだれにも負けている

 肝心なとこで役にたたない

 甘すぎたしあわせの報い

 このまま生ぬるく幸せなまま 真綿で首をしめるよに ささやかな絶望でいきてゆく
 このまま生ぬるく幸せなまま ぬれた皮ひもがしなびるよに。


 彼は小説家になりたがったり絵描きになりたがったりミュージシャンになりたがったりゲームクリエイターになりたがったり、とにかく何かを創造する仕事に就きたがったし実際そのスキルも手に入れた。そういう意味では彼は極めて才能溢れる人材であった。ただクリエイションの意味についてひとたび考えはじめると、彼はいつも頭を抱えるのだった。『俺がやっていることは、ただの素材の組み合わせだ!』『オリジナリティはどこだ?』だがその問いに対して答えるものはいなかった。私見では、そうした独創性を生み出すものは彼自身が過ごしてきた経験によると思う。だが彼はあまりに順調にあらゆることをこなしすぎたため、また、こなすことだけを気に掛けすぎたため、他のあらゆる人生経験を放棄していたのである。学生時代は文章・絵・音楽・プログラミングの能力を身につけることだけに奔走し、以降は仕事だけに没頭して人付き合いも少なく、家から出ることもなく、溜まった給料をまた仕事道具に変える日々を送っていた。それでうまくいかなくなったのか、あるいはうまくいっているのに何か間違いを感じたのか。彼は文字通り頭を抱えていた。首のない死体はいとおしげに自らの首を青竜刀と一緒に抱えていた。六畳のアパートはまんべんなく血に染まっていた。私は自分の胃液を彼の血液に混ぜ込みながら思う。今ならお前はトラウマティック(悲劇的)だよ、と。