<<<あの子は死んだ

口に出す言葉がない。この夕焼けを見ていると何も話せないような気がする。自転車を走らせながら、ぼくは後ろからついてくるサトの方を振り返る。
「走りながら後ろ向くんじゃねぇよ」
ぼくは少しだけ顔をひきつらせ、あわてて前に向き直る。声に出して注意されて、少しだけ後ろめたさが強くなった。ぼくははじめて授業をさぼって、外に出てきてしまったのだ。その実感が湧いてきた。けれど、ぼくが後ろを向いたのは先生が怖いとかではなく、この夕陽のせいだ、ということをサトはわかってくれなかった。
「別に、大したことじゃねぇんだからさ」
とってつけたようにサトは言った。そりゃ、サトにとってはそうだろうけどさ。たったそれだけの台詞さえ消し飛ばしてしまいそうなほど、今流れていく景色は淡いオレンジ色の輝きでぼくをつきとばした。サトには前を向いて自転車をこぐぼくの顔はわからないから、今ぼくが感じていることもきっとわからない。
「そんなに心配ならやめときゃよかったんだっつの……ちくしょ」
でもな、どうすればよかったんだっての、とつぶやく。何も答えないぼくのせいか、だんだんと気遣わしげな声色になっていくサトを、ぼくは決して振り返らず、なんとなくほほえましい気分で感じていた。絶対に隣には並ぼうとしないサト。ぼくの都合もおかまいなしに教室から連れ出したくせに、今ぼくをそんなふうに心配するサト。きっと彼もまた今夕陽の中にいるんだろうと思う。彼を包むオレンジはぼくにしたように彼の言葉を奪うだろうか? もしそうならば、きっとぼくたちはいい友達になるんだろう、と思った。籠に入っている、さっきトイレに落とされた鞄が、今まとっているカッターで切られた学生服が、少しずつ気にならなくなっていく。イヤだったことは帳消しにできるのかもしれない。ほんの些細なことで。
「ありがと」
ぼくはそのお礼を言うため、夕焼けから言葉を取り返し、サトに向けて投げかけた。やっぱり振り返らずに放ったその言葉は、しばらく空に残り、そこを通り抜けるサトにたどり着くだろう。

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……そんなことがあったと、また違う場所、違う友人の前を自転車で走っていて思い出す俺がここにいる。俺はもうぼくではなくなってしまったから、夕焼けに言葉を奪われはしなかった。それでも、言葉をなくすほどの感動を、今でも覚えていた俺は、自然と口数を減らしていく。偶然、道案内をしていたので、彼も決して俺の隣に並ばない。そのことが、思い出を思い出だすことに拍車をかける。
俺はそのとき、確かにぼくだった自分を感じた。なくした心の動きを取り戻そうとするかのように押し黙ってしまう自分を、サトについて考えてしまう自分を、見つけてしまった。
今俺はもう一度口を閉ざしている。喜びに満ちたあのオレンジ色の輝きを、二度と見ることはできない悲しみのせいで。